神の存在を明確にしてくれた「不良牧師」アーサー・ホーランド

神の存在を明確にしてくれた「不良牧師」

私は幼い頃から、なんとなく「神は存在しているじゃないか」と感じてきました。

ここでいう神とは、ドラゴンボールや神話などに出てくる人格や実体を持った存在ではなく、この宇宙や自然、そして私たち人間を創った創造主の存在の事です。

つまり、聖書に出てくる神のことです。

この宇宙やこの私は偶然ここに存在しているのではなく、何か大いなる力によって意図的に、必然的に存在しているんじゃないだろうか。

ずっとそんな感覚を抱いていました。

そういう私の感覚を肯定してくれる様な、あるいは代弁してくれる人はこれまでにもいました。

例えば西郷隆盛です。

西郷隆盛はことあるごとに「天」というフレーズを使います。

「人は天命というものを天から与えられ…」とか「天を相手にせよ。人を相手にするな。」とか。

こういう言葉が昔から何故かシックリきていました。

西郷隆盛の言う天と、聖書に書いてある神は、同じ意味なんじゃないか。

この宇宙もこの私も、何か大いなる存在の意図によって創造され、人はその願いに応える様に生きるべきではないのか。

それが宇宙と調和する方法であり、この宇宙で唯一無二の私が自分らしく生きる方向性であり、そして幸福な生き方なのではないだろうか。

そしてその神の意図、願いとは「幸せに生きる人間を見て感動したい」という事なんじゃないだろうか。

そんな私の感覚をより明確にしてくれたのが、アーサー・ホーランドの「不良牧師 アーサー・ホーランドという生き方」です。

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アーサー・ホーランドとは

知らない方のために、ザックリとアーサー・ホーランドさんの紹介をします。

1951年 大阪に生まれる。

日本でハイスクールを終えた後、父の国アメリカへ。

全米レスリング選手権チャンピオン(サンボ)2回、パンアメリカン選手権大会銀メダル。

23才で洗礼を受け牧師となる。

1982年に伝道のために日本へ。

新宿歌舞伎町でのユニークな路傍伝道。

日本列島横断十字架行進。

元ヤクザのクリスチャンたちと結成した聖書研究会ミッション・バラバの発起などなど、前代未聞の伝道活動を展開。

他にも、バイカー・俳優・モデル・コメンテーター・作家など、多岐に渡る活動をしています。

20歳そこそこで神の存在に気づき、洗礼を受けたアーサー・ホーランドのその後の生き様は、まさに伝道者そのものです。

神の存在を人々に伝える、気づかせるという使命に生き、その結果として牧師やバイカーなど多岐に渡る活動をしているのだと感じます。

まさに、自らに与えられた神からの願いに応える様に生きてると感じました。

公式サイト:アーサー・ホーランド Profile

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感想 神の存在がよりハッキリした

この本はアーサー・ホーランドの自叙伝です。

生まれ育った環境から幼少期の話、神の存在と出会うまでの武勇伝や神と出会った後の活動、その時々の繊細な精神描写が詰まっています。

まえがきを私も大好きな松田美由紀が書いてるのも驚きました。

この本を読むと神の存在がよりハッキリしていきます。

私がそう感じた部分をいくつか紹介したいと思います。

バイブルを開かなくても自然界を見たら、バイブルの言葉がそこここに映し出されているのだ。それを見て感動するということは、神の言葉、神そのものに感動しているということなのだ。
俺は「感動」というのが最も大切だと常々感じている。
今は無関心、無感動、無気力の時代だ。
感動がない。
でも、俺らは本当は感動を求めているのだ。
日常生活で一時的な感動はあるかもしれないが、自然界が与える感動とはまったくそのレベルが違う。
神が造った自然界には、優しさと逞しさがある。
神自身がそれを見て感動しているのではないだろうか。
絵描きが自分の絵を描いて「ヤッターッ!」と言うのと同じである。
やはり絵描きは自分の中にある感動を表現したいのだ。そして、それが表現できたら「ウーン、よしっ」と自分でうなる。
神も同じだ。自分の造った大自然を見て「よし」と言ったとき、自分自身でも感動したのだ。だからこそ、神というのは感動の源なのである。

神は「おまえらは野の花よりもっと大切だ」と言ってくれる。
最も神の祝福を表すものとして俺らは造られているのである。
だから、俺らが生きていく本当の喜びというのは、自分が感じている感動を人々に分け与えて生きることだ。
それが、一番人間らしい生き方ではないのかと思う。
一人ひとりになにか役割がある。
みんなユリの花ではない。
あるものはタンポポで、あるものは枯れすすきだ。
他人を真似ようとするから、その人らしさが出てこない。そういうふうに俺は思う。

罪は、本来自分が理想としている生き方ではない生き方をしてしまうことと言ってもいい。
俺らは愛され生かされながら、祝福を人々に与えていくような存在として造られていると俺は思う。
花というのは咲いて、香りを放って、人がそれをもらうだけで励まされる存在だ。
俺たちはそういう花よりもっと大切な存在だと思うのである。
でも、せっかく祝福を発することができる要素を持っているのに、何かによってそれが塞がれてしまっている。
「罪」というのは、俺から言わせてもらえば、塞がっていることを意識しないで生きてしまうということではないだろうか。

これが俺の好きな生き方なんだと納得していれば、その生き方を続ければいい。
でもどこかでおかしいなと赤信号が出たり黄信号が出ているときに、振り返ることができるか。
それにはジーザスを知ることだ。
「神を知る」ということは自分を知ることであり、自分を知るということは、自分を愛してやまない神を知ることの裏表だと俺は思う。

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